この物語は、仙台在住の稲辺勲氏が平成5年に城下の六芒星を発見して以来、

20年以上に及ぶ一個人の歴史調査研究です。

城下に描かれる図形については、歴史的資料は存在しません。

限りなく史実に基づき推理を重ねた「仮説」でありますことをご了承のうえ、お楽しみください。

各社寺への問い合わせなどは、固くご遠慮くださいますよう、お願い申し上げます。 ©稲辺勲 / 八代峰

六芒星地図

私たちが何気なく暮らすこの街には、

400年もの間だれも気付かなかった秘密があったのです。

仙台城本丸を起点として、城下を取り巻く高台に配された主要神社を線で結ぶと、

見事な星形が浮かび上がってきました。

その謎の星は東西南北に対して15度の傾きを持ち、

城下の町割りはその傾きに沿って造られました。

400年の時を超えて今、政宗公の壮大な城下建設計画が解き明かされます。

仙台藩の最高軍事機密か、呪術都市の結界か、その謎をめぐる旅へと出かけましょう。

平成の陰陽師いなべの晴明 手記

仙台市中心街に、三角形を二つ組み合わせた星型図形『六芒星』(ろくぼうせい)が存在することを平成5年(1993)5月に発見しました。

その星型が、イスラエルの国旗に記されているダビデの星と同じであったためとても驚きました。

偶然にできたにしてはあまりにも正確だったので、道路との関係をよくよく調べてみると、星型の北と南を結んだ線上に国分町の通りがぴたりと重なっており、また東西の南側の線には柳町の通りがきれいに重なっていたのです。

国分町は、現在では飲食店が集中する夜のネオン街ですが、仙台の町が造られた400年前では、城下の南北のメインストリートで「奥州街道」でした。また、柳町通りというところは、直線的に城下に入ることができないようにするために作られた道路で、国分町の通りの南端がT字状にぶつかり東西に伸びています。その柳町の通りを東に進むと今度は、南南東に折れ曲がる道路の北目町に出ます。この道筋が「奥州街道」なのです。

偶然発見したこの星型を詳しく観察すると計画的に作られているということがわかってきます。その星型を形作る頂点には、仙台の主要神社やお寺、そして仙台城の本丸が位置しています。星の北の頂点から左回りに説明すると、青葉神社(昔は東昌寺)、大崎八幡宮、仙台城本丸、愛宕神社 、榴岡天満宮、仙台東照宮 の6地点です。その後、四神とグランドクロスの発見もありました。
この詳しい説明は、平成11年に自費出版した冊子に出ているので興味のある方はそちらをご覧いただきたい。青葉神社社務所で販売していただいております。


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